心臓病の10歳、絵手紙480枚
◇あふれる命の輝き
「おどれ おどれ 嵐のように」。鹿の姿で勇壮に舞う岩手県花巻市の「鹿踊(ししおどり)」を描いた絵手紙には、こんな言葉が添えられている。作者は心臓病「ファロー四徴(よんちょう)症」の滋賀県長浜市立長浜小5年、小川駿治君(10)=同市公園町。小学3年から週に数回、動植物などを題材に描き始めた。今では480枚を超え、郵便の集配係との交流も。力強いタッチの絵は、命の輝きにあふれている。
この病気は、左右の心室の壁に穴が開く▽肺動脈が狭い▽左心室から出るべき大動脈が右心室側にずれる▽右心室の肥大−−の4種類の奇形が合併しているのが特徴だ。
母真由美さん(42)は妊娠中から駿治君の成長が遅いと感じていたが、出産後間もなく、医師に「心臓が悪い」と告げられた。さらに1カ月検診で、肛門(こうもん)の位置がずれた「鎖肛」であることも分かった。
症状を改善するためには、左右の心室の間に壁を作る手術などが必要だが、ある程度成長しないと体力が持たない。血の巡りが悪く、大泣きも大笑いも、させられない。顔色は黒く、頻繁に発作が起きて意識がなくなる。真由美さんは、毎朝、駿治君が呼吸をしているかどうかを確認するのが習慣になった。
4歳になり、心室の間に壁を作る手術をすることができて心臓の負担が少し軽くなり、歩けるようになった。鎖肛も手術後、約1年間、真由美さんが棒状の器具や指で肛門の形を整えて改善に努めた。現在は、元気に地元の小学校に通っている。
学校には真由美さんが自転車で送迎する。徒歩通学は心臓に負担がかかるからだ。筋肉が付くと右心室が肥大化するため、ランドセルは空っぽ。教科書は学校に置いて帰り、家では兄(12)のお古を使う。
長時間の運動はできないが、体を動かすのは大好き。今年は月2回、前からやりたかった陸上クラブで五十メートル走やドッジボールなどを楽しむ。「駄目って言っても、つまらない。したいことをさせてあげたい」と真由美さん。学校側も病気の状況を把握し、サポートする。
絵手紙を始めたのは、小学1、2年時の担任だった佐分利(さぶり)ますみ教諭(53)を慕う強い気持ちによる。温かく見守ってくれ、時には抱きしめてくれる佐分利教諭が大好きで、3年で担任を外れたのが、さみしかったという。家族と相談して06年6月ごろ、佐分利教諭の自宅に蛍を描いた絵手紙を送った。それからは週に数回送るようになった。
題材は、花や野菜、夕飯のおかずなどさまざまだ。ナツズイセンには「暑いなんて言わないきみはエライ」、自転車には「夕焼け雲見て帰ろ」など、どの絵にも素朴な言葉が添えられている。佐分利教諭は「草木、花、鳥など身の回りの物すべてが友達のよう。届くと、しばらく、じーっと見てしまいます」と目を細める。
ある時、絵手紙を真由美さんと一緒にポストに投函(とうかん)しに行くと、集配係の女性から声を掛けられた。「配達を楽しみにしています。ない日はがっかりしてるよ」。駿治君はきょとんとしていたが、家で真由美さんから説明を受けると「すごいね!」と喜んだ。
駿治君は新聞の投稿欄にも、病気や佐分利教諭の事、集配係からほめられたときの気持ちなどを文章にして応募している。掲載されれば、多くの人に病気の事を知ってもらえるからだ。毎日新聞で駿治君の投稿を見た元教員の女性から「いろんなことにちょうせんしてたくさんの楽しいけいけんをしてください。そして、大きく、心も体も大きな人になってください。人の心をあたたかくうけとめることのできる人ってすばらしいと思います」と激励の手紙をもらったこともある。
佐分利教諭は「駿ちゃんは何もかもに精いっぱいで、一生懸命、生きている」と話す。今でこそ、大きな発作はなくなったが、疲れやすく、不整脈を起こすこともある。そのうえ、心臓病とは別に、成長ホルモンの分泌が不完全なため、毎日ホルモン注射をしている。病気との付き合いは日常そのものだ。
しかし、どんな状況でも駿治君は素直で、優しい。絵手紙には、小さな目を通した物事のありのままの姿が表現されている。
駿治君の絵手紙はいま、住宅メーカーに勤める父正博さん(44)の仕事場で展示されている。多くの人に見てもらいたいという駿治君の夢がかなった。私が「良かったねえ!」と言うと、駿治君は「うん」と、はにかんだ。駿治君がこれからの人生で出会う人や物、出来事をどんなふうに絵手紙や文章で表現していくのか、これからが楽しみだ。




